第二次世界大戦後の社会は「個人の尊重」と「個人の自己決定権」が基盤となっており、そこから1981年のリスボン宣言で「インフォームド・コンセント」の概念が世界に発信され今日に至っている。
現代において、医療倫理が問題になるのは、生殖医療、再生医療、終末期医療などである。第二次世界大戦後の医療犯罪に対する反省だけでは足りない。高度先端医学の発展、疾病構造の変化、社会構造の変化に対応しなければならない。19世紀半ばからの医療技術の発展はますます加速し、倫理上の論点が新たに噴出しているし、高齢化と飽食の時代が長く続き生活習慣病や癌に罹患する患者が急増しているため、病気を治すだけでなく、患者の生活や生き方にまで従事者が介入しなければならなくなってきた。さらには情報構造も変化を続け、誰でも高度な医療知識を得ることが可能となっているし、第三者からの助言も容易に得られる。1981年のリスボン宣言では、「患者は、十分な説明を受けた後で、治療を受ける権利、あるいは治療を受けることを拒否する権利を持っている」と謳われ、「インフォームド・コンセント」の概念が一般的になり、「患者は、医師が患者について知り得たすべての医療上の秘密及び個人的秘密を尊重することを予期する権利を持っている」と「守秘義務」について明言化された。そして新しい概念としての「尊厳死」についても「患者は、尊厳のうちに死ぬ権利を持っている」と明らかに安楽死とは異なる論理で「死に方」、いや「生き方」の選択肢が増えたと言って良い。
このようにして、時代と共に医療倫理の内容は変化してきたのだが、現在、医療倫理は次の4つの原則から成る。
- 自律尊重原則:自律的な患者の意思決定を尊重せよ
つまり、「患者の自己決定を尊重する」ということは治療を受ける権利と共に、治療を拒む権利も認める、ということになる。そして、これを担保するのが、「インフォームド・コンセント」だ。
- 無危害原則:患者に危害を及ぼすのを避けよ
つまり、「殺すな」「苦痛や苦悩を引き起こすな」「能力を奪うな」「不快を引き起こすな」「他人の人生から良いものを奪うな」といった危害とそのリスクを避けよ、とった意味だ。
- 善行原則:患者に利益をもたらせ
つまり、医療行為はもっぱら患者の利益のために行われるべきものであって、医療者の利益や名声が優先されてはならない。
- 正義原則:利益と負担を公平に分担せよ
つまり、社会的な利益と負担は正義の要求(各人にその正当な持ち分を与えようとする不変かつ不断の意思)と一致するように配分されなければならない。各人にその正当な持ち分を与えることは、根拠のない差別をなくすこと、および、競合する要求の間に適正なバランスを確立することを含む。実質的な正義の原則とは、二人以上の個人が平等な扱いに値するために何が等しくなければならないかを特定する原則である。たとえば、各人に平等な配分をすることを要求する原則、各人に必要な努力、貢献、功績の大きさに応じて配分することを要求する原則、自由な市場取引に配分を委ねる原則等が考えられる。
医療従事者は、これら医療倫理の4つの原則に従い、医療にあたることが求められる。
医学部受験の面接の質問内容や小論文のテーマはこれら医療倫理の原則を理解し遵守できる能力を図るものと言っても良い。ただ医療倫理の知識ではなく、これらの原則に従って行動することができるか否かを見ているのだろう。東京慈恵会医科大学、東邦大学医学部、藤田医科大学などではMMI方式の面接試験が行われるが、質問事項の中には医療倫理に関するものがよくあるようだ。
例えば、「40歳のAさんが事故に遭い重体となった。延命措置として胃ろうを増設するべきか(なお、Aさんは以前、娘に延命の拒否を告げていた)」(東邦大学医学部)
①賛成か反対か。加えて、その理由を述べよ ②あなたの意見に反対する医師がいた。どのように説得するか
あるいは、「生命維持装置をつけられた患者(本人は最期に外すことを望んでいる)の装置が偶然外れたときの行動について」(東京慈恵会医科大学)
といったものだ。いずれの質問も「患者本人の意思を尊重する」といった単純な回答では良い評価は得られないだろう。受験勉強の合間に、医療倫理の原則について理解を深め、ケーススタディのような思考訓練をしておきたい。